令和4(2022)年4月19日に、相続税に関する注目の判決が最高裁判所で確定しました。
1審、2審を経て最高裁まで続いたこの裁判は、賃貸マンションの購入による相続税対策の是非について争われたものです。
この記事では、相続税申告で豊富な実績を持つ朝日中央綜合事務所の税理士が、注目ポイントを整理して解説いたします。
また、今後の相続税軽減対策・相続税申告ではどのような点に注意すればよいのかご紹介いたします。
事案の概要
被相続人:不動産賃貸業を営む法人の代表者
相続人 配偶者および3名の子供(うち養子1名)
平成21年1月 (相続開始3年5か月前)
賃貸用不動産(甲不動産)を約8億3千万円で取得
平成21年12月(相続開始前2年6か月前)
賃貸用不動産(乙不動産)も約5億5千万円で取得
甲と乙の各不動産の購入資金として,銀行から合計約10億円の借入
平成24年6月(相続発生)
被相続人が死亡
平成25年3月
①相続開始前の 取得価額 |
②借入金額 | ②評価通達の評価額 | |
甲不動産 | 8億3千万円 | 6億3千万円 | 2億円 |
乙不動産 | 5億5千万円 | 4億2千万円 | 1億3千万円 |
不動産の評価を財産評価基本通達に基づいて路線価で評価し、債務控除のうえ課税価格2826万円 相続税ゼロとして申告書を提出。
平成25年3月(相続開始後9か月後)
相続人が乙不動産を5億1千万円で売却
平成28年4月(相続開始後3年11か月後)
税務当局が評価通達の定めにより評価することが著しく不適当な場合に国税庁長官の指示で評価する定め(評価通達6項)に基づく鑑定評価額で更正処分
更正要旨
国税庁長官は、国税局長からの上申を受け、平成28年3月10日付けで、国税局長に対し、本件各不動産の価額につき、評価通達6項により、評価通達の定める方法によらずに他の合理的な方法によって評価することとの指示をした。
税務署長は、上記指示により、平成28年4月27日付けで、相続人らに対し、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により本件相続の開始時における本件各不動産の正常価格として算定した鑑定評価額に基づき、本件甲不動産の価額が合計7億5400万円、本件乙不動産の価額が合計5億1900万円であることを前提とする本件各更正処分(本件相続に係る課税価格の合計額を8億8874万9000円、相続税の総額を2億4049万8600円とするもの)及び本件各賦課決定処分をした。
【最高裁判決】地裁・高裁で納税者が敗訴し、最高裁で上告が棄却されたことで納税者敗訴で確定
判決概要
相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
イ これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。
もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。
ウ したがって、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するということはできない。
本件事案が税務署から更正決定の処分を受けた理由と最高裁判決のポイント
(1)節税目的以外に税務署・裁判所が納得できるだけの本件不動産購入に係る経済合理性の立証が十分でなかったこと
評価通達6項適用の該当性判断については、事例ごとに個別に判断され、一般的意義や要件を導くことは難しいのが実情です。
その中でも節税以外に経済的合理性を欠如している場合には、一般に節税以外の経済合理性がある場合に比較して評価通達6項適用可能性が高まると考えられます。なぜなら、経済合理性がある取引まで、単に節税になっているだけで財産評価基本通達と異なる評価が採用され否認されてしまうと、本来必要な取引までが逐一否認されることを懸念して、取引が萎縮され自由な経済活動に支障が生じかねないからです。
本件では、「経済合理性が欠如されている」ことを直接的な言い方ではないものの相続税の負担の軽減を目的としていることが推認されており、また銀行の稟議書に「節税目的」と記載されていたということですので、課税当局が節税ありきの取引であったことの証拠とされる等、節税以外の経済合理性が十分に立証できなかったことが否認の大きな要因になったとものと推察されます。
また、不動産の購入の場合、例えば不動産賃貸から得られる収益による資産形成の必要性といった経済合理性が挙げられますが、被相続人が不動産購入時に90才と高齢だったという状況と相続発生までの時間が短かった等の背景から、納税者側の経済合理性があったという立証を難しくさせ、課税当局側の視点では相続税の負担軽減を企図しての行為であったことが肯定されやすい状況にあったといえます。
(2)相続発生直後に不動産を売却していること
本件では相続発生の少し前に5億5千万円で取得された乙不動産を財産評価基本通達に基づき約1億3千万円で評価したうえで相続税が計算され、申告期限内の9か月後に約5億1千万円で売却されているとのことですが、このような場合は、時価と相続税評価額の乖離を利用した「租税回避」の意図があったのではないかという先入観を課税当局に持たれたということは否認の要因の一つになったと考えられます。
過去においても、被相続人が相続開始直前に借入を行って不動産を購入し、相続開始直後に同不動産が相続人によって売却された事例においても、相続財産たる同不動産の評価につき、納税者側は、路線価による評価を主張したものの、裁判所は「特別の事情」があると判示し、実際の取引価格をもって評価することを容認した事例があります。
その際には下記のような判事がされています。
「相続の前後を通じてことがらの実質を見ると当該不動産がいわば一種の商品のような形で一時的に相続人及び被相続人の所有に帰属することとなったに過ぎないとも考えられるような場合についても、画一的に評価通達に基づいてその不動産の価額を評価すべきものとすると、他方で右のような取引の経過から客観的に明らかになっているその不動産の市場における現実の交換価格によってその価額を評価した場合に比べて相続税の課税価格に著しい差を生じ、実質的な租税負担の公平という観点からして看過し難い事態を招来することとなる場合があるものというべきであり、そのような場合には、前記の評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情がある場合に該当するものとして、右相続不動産を右の市場における現実の交換価格によって評価することが許されるとするのが相当と認められる特別の事情がある場合に該当するものとして、右相続不動産を右の市場における現実の交換価格によって評価することが許されるとするのが相当である。」
(3)不動産の時価と路線価評価との乖離が大きく、その結果として相続税の負担がゼロになるという極端な結果になっていること
被相続人が購入した甲・乙不動産の財産評価基本通達の価額は、購入金額の4分の1を下回るという大きな価格差があることで、課税価格が大幅に圧縮されています。
それによって、相続税がゼロになるという極端な結果になっていることで、裁判所も評価通達による納税者の課税予見性よりも課税の公平性を重視され納税者の主張を認めない結果になっています。
これに関しては、「課税の公平性を害する」とされる判断基準がどのようなものか明らかにされているわけではないので、不動産の取引価格と路線価の評価がどの程度乖離していれば財産評価基本通達の評価が著しく不適当とされるかまではわかりませんが、著しく価格が乖離したことを利用して極端な節税効果を得ることを企図した行為は、否認リスクが高まるといえます。
本件判決が今後の不動産評価に与える影響
今回の最高裁の判決は、不動産の取引相場と路線価との価格の乖離を利用した過度の節税に警鐘を鳴らすことになったと思います。また、富裕層の課税を強化する傾向にある昨今の税制の方向性や課税当局の動向もあり、税理士業界だけでなく、関係する業界においても大きな注目を集めた判決となりました。
この判決で今後影響があると思われる業界は金融機関が考えられます。本件でも信託銀行が相談にのっていたようですが、金融機関は信託銀行やグループ会社の不動産会社を通して相続税の節税を企図して不動産を紹介し、購入のための融資を出すことで、手数料や利息による利益を享受し、納税者サイドも相続税の節税になるのであればという思惑から、金融機関の提案に乗っかって購入するケースは多く見受けられました。
実際に相続税の節税が達成されていれば、こういった相続税の節税を企図したビジネスは継続していたとは思いますが、本件の最高裁判例により、金融機関としても過度な節税となるような不動産の紹介や年齢的に相続の発生が近いと考えられる方への提案は、今後は慎重にならざるを得ないのではないかと考えられます。
一方、相続税の申告の現場ではどういった影響が出るかと考えると、基本的には財産評価基本通達が改正されているわけではないので、原則的には財産評価基本通達で評価して申告するこれまで通りの実務が大きく変わることはないと考えられます。
ただし、相続税の申告にあたって、被相続人が高齢で相続税の節税以外に経済合理性のない相続開始直前で購入した不動産が遺産に含まれるような場合には、本件判決を紹介し、将来課税当局と評価にあたって納税者と見解の相違が生じる可能性があることを十分に説明する必要性は強くなったといえ、あまり極端な相続税回避と見受けられるようなケースの場合は路線価以外の評価も検討することも今後は起こりうるかもしれません。
また、クライアントが生前に相続税対策として、金融機関や不動産会社から不動産購入の提案を受けている場合には、これまで以上に税務リスクは高まっていることを説明し、クライアントが不測の事態とならないよう税理士として果たす役割はますます重要になってきていると認識させられました。
続いて、非上場の法人で不動産を購入した場合、非上場株式の評価は本件判決によってどういった影響を受けるかということはあわせて検討しておく必要があります。
今回の最高裁の判決では個人が相続税対策として購入した不動産の評価において財産評価基本通達に基づく評価は最終的に認められませんでしたが、法人で不動産を購入した場合には、同様の税務リスクを負うのか、法人で購入する場合の影響も検討しておく必要があります。
法人で不動産を購入した場合は、財産評価基本通達では、株式の評価にあたって取得後から3年間はその時における通常の取引価額で評価し、取得から3年経過後は路線価等の金額で評価されることになります。
従いまして、法人で不動産を購入する場合は、取得時から3年間は実勢価格と路線価の乖離を利用した相続税の節税効果が得られないことから、個人のように取得と同時に路線価等の評価によって課税価格を減少させる即時性はありません。
このように法人で不動産を購入する場合には3年間という時間の経過が必要であり、相続直前の購入でも時価と財産評価基本通達との評価の差が生じる個人と比較すると一定の制約があります。
それによって、相続税の節税を企図した購入である場合でも3年間の経済変動リスクを負うなど様々なリスクに晒されていることから、税務リスクは本件事案よりも相対的に低いかもしれませんが、時の経過はあくまでも一つの要素であり、法人で購入している場合であっても相続時の法人の株式の価額は、「相続又は遺贈により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による」とする相続税法22条の規定は同様に適用されることから極端な相続税対策は個人同様に慎重に検討する必要性は変わらないといえます。
相続税対策や相続税申告は、相続税に精通した税理士法人に相談をすることを推奨
今回の最高裁の判決で改めて財産評価基本通達は法令ではないと認識されました。租税の徴収は租税法律主義という原則のもと行わます。本件は財産評価基本通達に則って相続税申告を行っていても、法令等から総合的に判断し違法であれば、裁判において敗訴することを明らかにしたと言えます。
従って、今後相続税対策や相続税申告において難しい判断を必要とされる局面では、類似の事案の過去の判例や不服審判所による裁決例を採取し、正しく把握し事案に適用することが税理士等の専門家に求められます。
租税に関する正しい法令の理解と税務の知識、事案に関連する判例や裁決例の調査を行うことのできる専門家に相談されることをお奨めします。
このような観点から、税理士と弁護士とが一体となって顧客の問題の解決に当たっている朝日中央グループに所属し、相続税対策や相続税申告に精通し又経験豊富な当税理士法人朝日中央綜合事務所は適任と自負しています。
初回相談は無料ですので是非一度お問い合わせください。
※この記事は2022年5月に執筆・公開しています。
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